THE SUTRA MUSEUM

作品紹介

大唐西京千福寺 多宝仏塔感応碑文

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作品解説

天地一二〇×左右七一センチ。

これは経典ではありませんが、楷書の基本として書いたものです。『多宝塔碑』の建碑は天宝十一年(七五二年)で、題額は徐浩の隷書、碑文は顔真卿四十四歳のときの楷書、撰文は岑勛によるとされます。題額の隷書は「大唐多宝塔感応碑」、碑文の初行には「大唐西京千福寺多宝仏塔感応碑文」とあります。この碑は長安の千福寺に勅命によって建立されたもので、僧の楚金(六九八~七五九年)が千福寺に多宝塔を建立した由来を記した碑です。現在では西安碑林に移されています。現存する顔真卿の作品の中では最も若い時期の作品とされ、後年の「顔法」は未だ見られないですが、楷書の手本として重視されています。

多宝塔は、多宝如来を安置する塔で、『妙法蓮華経』の見宝塔品に『妙法蓮華経』説示の時、その前に五百由旬の七宝塔が出現して、塔中の多宝仏が釈迦牟尼仏のために半座を分けて塔中に坐しめたという説に基づいて建立されました。

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